2022年10月4日
カナダ・シャルブルック大学
Therapeutic endoscopy fellow
白鳥安利
コロナ感染者数等のニュースでジョンズホプキンス大学という名前を目にする機会が多かったかもしれません。医学を中心に始まり、公衆衛生分野 (Public Health) を開拓し、近接する米国国立衛生研究所 (NIH) と共に様々な研究を行っている大学です。同分野で世界をリードし、世界中からPublic Healthを学びに医療者が集まります。2022年5月に同大学院を卒業しましたのでその経験をお伝えします。
私が入学したのは2018年で、日々の内視鏡診療を継続しながらオンサイトとオンラインの両方を通じて課程を修了しました。周囲の学生は、世界の疫学を学びたい、専門分野で論文を書きたいなど目的はそれぞれでしたが、一念発起して集うだけあり、熱量は凄まじいものがありました。講義は実社会の問題を扱ったものが多く、双方向性で決して受け身でありませんでした。疫学、生物統計学、国際保健学、感染症学、栄養学、行動科学、人間発達学、医療管理など、人の健康に関する分野が幅広く取り扱われました。特に好評だった講義は因果推論や観察研究、PubMedや統計ソフトなどのツールについてでした。臨床医学が患者個人の診断と治療に軸足を置くのに対し、Public Healthは患者のみならず、健康な人も含めた社会集団を対象とし、予防に重点を置きます。そのため、教育に対するアプローチ方法は臨床医学とは著しく異なり、医学知識の他、先に述べた幅広い学問、手法が必要とされました。より多くの人を救うという目標はまさにPublic Healthの醍醐味です。内視鏡医がPublic Healthを学ぶメリットは何か考えてみました。予防・早期発見への取り組み、臨床研究の知識を得る、人とのつながりを作る、が挙げられると思います。
・予防・早期発見への取り組み
医学は近年、著しい発展を遂げましたが、同時に過剰な細分化という副効果も産みました。内科再統合の必要性を主張した医師が総合内科学を誕生させました。また、予防学を中心とした学術的基盤として臨床疫学という研究領域を作り、Public Healthへ発展したとされています。
Public Healthの社会行動学・ヘルスプロモーションの講義を通し、疾病予防や集団における早期発見の取り組みのあり方について考える機会がありました。日本の内視鏡診断は世界でもトップと考えられますが、多くの内視鏡医が患者個人の治療をしながら、以下の経験をすることがあるかと思います。「どうして予防できなかったのか」、「どうしてこうなるまで放っておかれたのか」。そのような疑問も、集団としての特徴を考えると背景が見え、解決策の検討が行えるかもしれません。予防という観点からは病気が起きるもっと上流の患者因子、地域性、検診制度などが重要になります。Public Healthの歴史が深い米国では、人種や地域差、所得などあらゆる観点から疾病の原因や変遷を探る研究が随分前から進んでおり、それらに必要なpopulation dataも一般公開されています1-3。これらの結論が日本に当てはまるかは定かではなく、こういった研究を学びつつ自分達の集団で再現したり妥当性を確認することも必要になります。また、大学院で学んだ例になりますが、内視鏡健診の中でも対策型検診は集団に対しコホート研究を用いてリスク差を求めるのに対し、人間ドックは個人に対するリスク比を求めるため症例対象研究も可能になります。両者を混同しないよう注意しなければいけません。前者に関する研究は長期経過の追跡など実施が難しい面があるものの、まだエビデンスが十分とは言えず、今後期待されている研究分野かと思います。
大学院キャンパス。Public Healthを謳うだけあり、建物内にはジムなど運動設備も整っています。
大学図書館はとても美しい内装でした。
・臨床研究の知識を得る
臨床研究は患者全体の治療向上に寄与する目的で行われますので、広い意味でPublic Health活動にあたると思っています。Public Healthの疫学・統計学の講義で、医学論文に必要とされる研究の立案、プロトコル作成、データ整理、解析などの知識が得られます。臨床系医学雑誌が求めている知識は難解なものではなく、修士号で十分対応できます。また、場合により疫学PhDなどの専門家に相談することはあると思いますが、会話するための知識や共通言語を知っていることは役立ち、研究を前進させることができます。現場で働く内視鏡医がすっと理解できるような解釈(実臨床でどれだけ活かせるか)については、統計専門家よりも臨床医の方が優れているため、双方が高め合えばより質の高い研究に辿り着くかと思います。一方で、机上の勉強のみで良い論文が書ける訳ではございませんし、講義では学べない研究ノウハウがあることも事実です。その点も踏まえ、臨床医が体系的に学び、メンターと実践する機会を備えている大学院は、意義のある場と感じました。近年では学べる機会(疫学学会、セミナー、数週間などの海外短期大学院、オンライン講義4-7)が充実してきており、内視鏡診療を継続させながら学びを得るチャンスが十分にありそうです。知識が決められた期間で身に付くことが大学院のメリットです。北米に比べ日本では、Public Healthが十分に浸透しておらず、内視鏡医がその知識を得ることで、活躍の場が広がる可能性があります。
ジョンズホプキンス大学院の客員教授である福原俊一先生 (中) と、Public Healthを学ぶ機会へ導いて下さり、一学年上の先輩として共に勉強させて頂いた石井直樹先生 (右)。
・人とのつながりを築く
Public Healthの大学院には国を問わず多職種、多世代の人が集まるため、求めれば様々な人とのつながりを築くことができます。WHOやNIH、厚生労働省などの機関をはじめ、大学や地域保健所などと連携をとる学生もいました。私もジョンズホプキンス大学の疫学研究所や消化器内科と関わる機会を頂き、共同研究の相談をさせて頂きました。
内視鏡室の見学もさせて頂きましたので、紹介致します。ホプキンス病院はHITEC (Hopkins International Therapeutic Endoscopy Course) などの内視鏡Liveを通して内視鏡治療の発信や普及に関わっています。Dr. Khashab, Dr. Ngamruengphong, Dr. Singhに3日間お世話になりました。朝7時から治療が開始されますが、内視鏡治療医一人が一日に行うスケジュールがPOEMX3, EUS-FNAX2, Zenker憩室隔壁切開, ERCPX2, 大腸EMRとなっており、対応する疾患の幅広さや、フェローを指導しながらスケジュール通りにこなすというキャパシティはこれまで見たことがないもので、ただ圧倒されました。それを可能にしているのは北米ならではのadvanced endoscopic fellowという集中的に治療内視鏡を経験させるプログラムや、潤沢な麻酔科スタッフによる周術管理と考えられました。中国、オーストラリア、モンゴル、サウジアラビアなど世界中から見学生が来ていましたが、やはり日本人内視鏡医に対する信頼感は強いと感じました。スケールの大きさに飲み込まれ、初めは萎縮しましたが、現地医師から日本の内視鏡へのリスペクトを伺い、諸先輩方のこれまでの功績に感謝すると共に日本人内視鏡医としての誇りを感じました。
Hopkins病院は治療内視鏡室 (全身麻酔や透視内視鏡が可能) が多く備わり、充実していました。
病院、old buildingは厳格で風情がありました。
今回のPublic Healthの経験を活かし、微力ながら日本の内視鏡診療の発展に貢献できるよう、自分が行えることを探していきたいと思いました。Public Healthを学ぶ機会のきっかけを作って下さった石井先生、臨床の合間にオンサイト講義への参加を可能にして下さり、ご支援頂いた聖路加国際病院、シャルブルック大学の先生方にこの場を借りて深く御礼申し上げます。今後Public Healthに興味を持つ方の参考になれば幸いに思います。
文献
1) NIH data
https://report.nih.gov/nihdatabook/
2) Centers for Medicare and Medicaid Services.
https://www.cms.gov/Research-Statistics-Data-and-Systems/Research-Statistics-Data-and-Systems
3) Global Burden of Disease data
https://www.healthdata.org/gbd/2019
4) 日本臨床疫学会
5) Coursera
https://www.coursera.org/browse/health/public-health
6) Johns Hopkins大学 School of Public Health MPH日本プログラム
7) Harvard T.H. Chan School of Public Health
https://www.hsph.harvard.edu/clinical-effectiveness/
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