2020年6月8日
ハーバードメディカルスクール
ブリガムアンドウイメンズホスピタル
消化器内科
相原弘之
米国マサチューセッツ(MA)州ボストンにあるブリガムアンドウイメンズホスピタル(BWH)消化器内科の相原と申します。私は2014年にMA州の医師免許取得後、現在まで治療内視鏡医として同病院に勤務しております。今回日本消化器内視鏡学会からご依頼頂き、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対する当院における現状をご報告させて頂きたいと思います。
米国では2020年6月1日現在までに170万人以上のSARS-CoV-2の感染者、そしてCOVID-19による10万人以上の死者を経験しました。これは感染者45万人で2位のブラジルと比較しても圧倒的に高い数字です1。米国内を州別に見ますと、MA州はニューヨーク(NY)州、ニュージャージー(NJ)州、イリノイ州、カリフォルニア州に次ぎ5位で、これまでに9万人以上の感染者および6千人を超える死者を経験しました。みなさんもニュースなどをご覧になり、アメリカでSARS-CoV-2がどのように蔓延していったかご存知かと思います。アメリカではまず3月上旬からサンフランシスコやシアトルなど西海岸の都市を中心に感染者が増え、その後3月中旬頃になり東海岸のNY州やNJ州を中心に急速にパンデミックが始まりました。これはJ.F.ケネディ国際空港 やニューアーク空港、そしてラガーディア空港などの国際線や国内線のハブ空港を中心として、潜伏期にあるSARS-CoV-2感染者、特に海外からの旅行者や学生などによるウイルスの持ち込みがあったことにまず起因しているものと思われます。その後のパンデミックには米国特有の様々な社会的素因、すなわち医療保険を持たない貧困層や不法移民者の存在、握手やハグなどの習慣、衛生習慣の欠如などの素因、そして連邦政府および州政府の初動の遅れなどが関係して、残念ながらこの地域にSARS-CoV-2の巨大なホットスポットを形成することになりました。
MA州ではNY州から少し遅れた3月下旬頃から急速に感染者数の上昇が見られました。それに伴いベイカー州知事は、3月24日に在宅指示や商業施設の休業などを含む緊急事態宣言を発令しました。ボストンにはBWHの他、マサチューセッツ総合病院(MGH)、ベスイスラエルホスピタル、ボストンメディカルセンターなどの大きな病院があり、合計して3,000床以上の病床が存在します。しかしNY州の一部の病院においてCOVID-19用のベッドを確保できないなどの医療崩壊が起きた事例を鑑み、BWHでは上記の病院と連携しCOVID-19患者の受け入れを最大限可能にする措置をとりました。まず緊急性のない手術・内視鏡症例を全て延期し、一般の入院患者さんの数を減らしました。そして一般病棟やCCUなどの他科の集中治療病棟をCOVID-19用に開放して空床を確保し、最大でBWHの全病床800床中226床のベッドを利用できる方針を立てました。また、大学では臨床に集中するために全ての研究室が閉鎖され、一切の実験が中止になりました。そして救急治療や人口呼吸器管理の経験のある他科の医師や看護師、技師をCOVID-19病棟に派遣し、スタッフの院内感染などに起因する人手不足を少しでも防ぐようにしました。BWHではその後、4月下旬に患者数のピークを迎えました。その時点でBWHではCOVID-19肺炎による170名の入院患者(軽症感染者は含まず)、その内ICU管理が必要であった重症患者が90名程度もいましたが、幸い医療崩壊による救急患者や入院患者の受け入れ拒否などを起こさず、治療が必要な患者さんの受け入れを最後まで継続することができました。
当初はCOVID-19の潜伏期の長さやPCR検査の陰性的中率(NPV)及び偽陰性率などが明らかでなかったこと、そしてSARS-CoV-2に関する学会からのガイドラインが提示されていなかったため、当院内視鏡部では手探りの状態が続きやや混乱が見受けられました。上部消化管内視鏡は気管支鏡と同様、エアロゾルと呼ばれる飛沫を誘発する手技(aerosol-generating procedure; AGP)であり2、我々は4月上旬に内視鏡部を閉鎖し、吐下血や胆管炎などの緊急内視鏡はN95マスク、フェイスシールド、ガウン、シューズカバーなどの防護具:personal protective equipment (PPE)を使用した上、全て手術室で気管内挿管の上全身麻酔で行っていました3。当初はN95マスクの不足から数日間同じマスクの使用を余儀なくされておりましたが、BWHではその後N95マスクの大規模な滅菌装置4が導入されマスクの再利用が可能となり、またドライブスルータイプのPCR検査施設が多く設置され現在までに州内で55万件以上のPCR検査が施行されました5。MA州では4月下旬のピークののち、感染者、死者数ともに減少傾向に転じました。
内視鏡症例を延期し続けることのデメリットとしては病状の進行、病院の収益の減少、フェローのトレーニングに対する影響6などの点が挙げられます。我々の内視鏡部は現在、ゆっくりとしたリカバリーの状態にあります。まず我々はAmerican Society for Gastrointestinal Endoscopy(ASGE)の助言7に添い、延期していた全症例を見直し、その緊急度に応じ3つのカテゴリー(緊急、準緊急、待機症例)に分類しました。そして内視鏡センターをまずは半分のキャパシティーで再開し、ESD、ERCPなどを含めた緊急および準緊急症例を中心に診療を開始しました。下記はAmerican College of Gastroenterology (ACG)による助言8になりますが、内視鏡室などの処置室を再開する条件として、特に以下の点がキーポイントとして挙げられています。
当院内視鏡部で内視鏡検査・治療を受ける患者さんは全て、手技前の48時間以内に症状の問診およびPCR検査を受け、いずれも陰性であることの確認を必須としています。また最近まではPCR陰性の場合でも、N95マスクを含むPPEを全て装着したいわゆるenhanced respiratory isolation (ERI)下でこれらの手技を行なっておりました。これにはPCR検査はその特性から感度は非常に高いものの、鼻咽頭スワブという検体採取法の不確かさにより、施設によっては偽陰性率が高くなるといった問題が背景にあります。しかしながらBWHではその後院内での検討を行い、当院でのPCR検査のNPVは99%と非常に高いと推測されました。MA州における最近の感染者数、死者数の減少およびACGの助言(図1)に基づき6月1日現在、当院内視鏡部では今後上部消化管内視鏡などを含めたAGPを行う場合、ERIはPCR陽性または結果未判明症例のみに限り、PCR陰性症例ではN95マスクをつけずにサージカルマスクのみで内視鏡を行う方針(スタンダードプリコーション)としました。ただし、MA州における今後の感染者数、死者数の増減を見直しながら、この方針を変更する必要が出てくる可能性もあります。
以上、SARS-CoV-2パンデミックおよびリカバリーに対する当院のこれまでの対応をご報告させていただきました。MA州では5月19日からビジネスなどの制限を段階的に解除しています。しかしながら米国では現在、制限解除後の国内各地における第2波の訪れを懸念しています。また当院内視鏡部には今後、どのタイミングでソーシャルディスタンシングの中止が可能となり、リカバリー室や待合室で多くの患者さんを受け入れるようになるかという課題もあります。近い将来SARS-CoV-2に対するワクチンが開発され、日本においてもアメリカにおいても通常診療が再開し、学会や研究会などで日本の先生方とまたお会いできる日が来ることを心よりお祈りしております。
参考文献
図1 感染率、症状の有無、およびPCR検査結果に基づく内視鏡施行時のPPE着用に関する方針決定基準(文献8より)
図2 BWHのESDチーム
COVID陽性患者に対する内視鏡時のPPE装着の様子。N95マスクの上にサージカルマスク、フェイスシールドを装着しています (Enhanced Respiratory Isolation; ERI) 。左から麻酔看護師 (Certified Registered Nurse Anesthetist; CRNA), 筆者, 内視鏡看護師 (Endoscopy Nurse; EN), 内視鏡技師 (Endoscopy Technician; ET) 。麻酔看護師 (CRNA) は麻酔資格を持った看護師で、麻酔科医の指導下に気管内挿管やESD中の全身管理を行うことが可能です。
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寄稿:Covid-19に関する英国(当院)の現状報告(鈴木典子先生)