“胸やけ”とは、前胸部からみぞおちの周辺がジリジリと焼けるような感じ(灼熱感)や、しみるような感じのことを言います。このような“胸やけ”症状は、胃酸を含む胃の内容物が食道内に逆流し、食道の粘膜を刺激した場合や、炎症を起こした場合に生じることが多いと考えられています。
さまざまな理由によって胃酸が食道内に逆流して生じる腹部症状や食道の粘膜がただれて傷ができる状態(逆流性食道炎)を胃食道逆流症(GERD)といいます。GERDに関連した症状は“胸やけ”以外にも胃酸の逆流が喉や口まで及び苦い感じがする呑酸(どんさん)や胸痛、むかつき感、慢性的な咳などとして経験することもあり、複数の症状が同時に生じることもあります。ただし、これらの症状は胃酸が逆流した時に常に起こるわけではなく、毎回同じ症状がでるわけではありません。食道が過敏になっている場合には胃酸の逆流がなくても“胸やけ”を感じる場合がありますので、注意が必要です。
GERDは良性疾患ですが、さまざまな理由によって年々増加傾向であり、現在では日本人の15~20%がGERDに罹患していると報告されています(表1)。そのため、食事が楽しめない、夜に安眠できない、症状が煩わしくて元気がでないなど、日常生活の質(QOL)を著しく低下させることも報告され、より良い生活を送るためには、その対策を確実に行うことが大切です。
表1: GERDの原因となるもの
病態 |
病態を引き起こす要因 |
原因 |
1.胃酸分泌が多い
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ピロリ菌がいない状態 |
ピロリ菌が未感染、ピロリ菌の除菌治療後、自然排菌、他 |
高脂肪食の摂取 |
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2.胃酸が長時間食道内に留まる
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食道の蠕動運動の低下 |
加齢、膠原病、アカラシア、他 |
唾液の分泌量の低下 |
加齢、膠原病、他 |
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3.胃酸の逆流防止機能の障害
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食道裂孔ヘルニア |
加齢、他 |
腹圧の上昇 |
肥満、妊娠、便秘、亀背(腰が曲がった状態)、前屈、他 |
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嚥下に伴わない逆流防止機能の弛緩 |
暴飲暴食、高脂肪食、他 |
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胃運動能の低下 |
加齢、胃蠕動運動の低下、胃排出遅延、他 |
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薬剤 |
狭心症治療薬(亜硝酸薬)、高血圧治療薬(カルシウム拮抗薬) 、他 |
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4.食道粘膜が過敏
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食道粘膜の知覚が過敏、他 |
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ストレス、他 |
GERDと診断された場合の薬物治療は酸分泌抑制薬を内服することが基本となります。現在では強力な酸分泌抑制薬の内服で高い効果が得られるため、“胸やけ”の原因がGERDによるものか、異なる疾患で生じているのかを明らかにすることは非常に重要と考えられます。GERDの診断を行うためには、症状の種類や性状によってGERDの存在を予測することが第一ステップとなりますが、内視鏡検査によって食道粘膜のただれを確認することも必要となります(図1A, B)。GERDを診断する他の検査方法として、胃酸の逆流の存在を直接的に確認する24時間pHモニタリング検査がありますが、これは主に専門施設で行う検査となります。
左より図1A、図1B
図1A.逆流性食道炎を認めない食道・胃接合部
図1B.逆流性食道炎(改訂ロサンゼルス分類: グレードC):黄色矢印が病変部(びらん)
内視鏡検査ではGERDが本当にあるかどうか、GERDの重症度がどの程度であるのか、GERDの原因となる食道裂孔ヘルニア[横隔膜の食道が貫いている部分(食道裂孔)より胃が胸の方へ脱出した状態(図1C)]があるかどうかを確認することができます。更に内視鏡検査では食道癌や他の食道疾患だけではなく、胃や十二指腸も同時に観察するため胃や十二指腸の病気も診断することが可能です。そのため、“胸やけ”症状がある場合は、GERDの診断や他の病気がないことを確認するために、内視鏡検査を受けることを推奨します。
図1C. 食道裂孔ヘルニア: 矢印がヘルニア
GERDには食道粘膜に炎症を認める逆流性食道炎(図2A, B)と、ただれ(びらん)はないものの胃酸の逆流による”胸やけ”を伴う非びらん性胃食道逆流症(図2C)があります。日本人のGERDの60-70%は非びらん性胃食道逆流症です。GERDは内視鏡検査により改訂ロサンゼルス分類によって重症度が6段階(グレード N, M, A, B, C, D)に分けられます。それぞれの重症度によって薬物療法の治療効果や再発率は異なりますので、担当医に確認することをお勧めします。
左より図2A、図2B
図2A.逆流性食道炎(改訂ロサンゼルス分類:グレードA):黄色矢印が病変部(びらん)
図2B.逆流性食道炎(改訂ロサンゼルス分類:グレードD):食道の全周にびらん(潰瘍)を認める
図2C. 非びらん性胃食道逆流症(改訂ロサンゼルス分類:グレードM): 黄色矢印が病変部(発赤を認める)
以上のことより、内視鏡検査で多くの方の”胸やけ”の原因を特定することは可能です。”胸やけ”の原因には腫瘍性病変の可能性もあることから、GERDの診断と他疾患がないことを確認するために、内視鏡検査を受けるよう心がけてください。
東京医科大学 消化器内視鏡学
杉本 光繁
(2022年3月1日掲載)